『多大なるご迷惑をおかけしたこと、心よりお詫びします。ウォード家の紋章入りの剣まで授かっておきながら恩を仇で返してしまって。
 せっかく俺に目をかけてくださったのに、期待に添えずにすみません。今日まで支えてくださったこと、伯父さんには本当に感謝しています。
 身勝手なお願いなのは重々承知の上ですが、母さんとアンブローズとモモを頼みます。今度の件と家族は一切無関係です。皆が元の生活に戻れるように、どうか今少しお力をお貸しください。
 ──アルフレッド・ハートフィールド』

 几帳面な字で綴られた遺書を読み終えて目を伏せる。甥の謝罪も、彼の身に起きたすべても、受け止めきれずに呆けたまま。
 何度手紙を読み返してもアルフレッドとユリシーズの二人に何があったかはどこにも書かれていなかった。あの子は最後の最後まで真実を打ち明けないで逝ってしまった。せめて死後の名誉くらい回復してやりたかったのに。
 ブラッドリーは項垂れる。黒ローブの委員らが集う薄暗い小会議室で。
 憐憫と冷徹の入り混じるいくつもの眼差しが肌に突き刺さっていた。激情による逸脱を予防しようと見張るような。
 危ぶまずとも己には何をする余力も残っていないのに。
 救いたかったものはもう泡と消えた後なのだから。

「ブラッドリー」

 しわがれた声が己を呼ぶ。顔を上げるとニコラスが棒切れじみた手をずいとこちらに向かい伸ばしていた。鋭く光る双眸は「遺書を渡せ」と要求している。嫌がる素振りを見せることすら許されず、ブラッドリーは彼の意に従った。
 わかっている。こうするしかないことくらい。
 アルフレッド・ハートフィールドはアクアレイア史上最も罪深き者として名を残すことになったのだから。

「……全部処分してしまうのか?」

 テーブルに積まれた手紙と暖炉に燃える火を見やり、震える声で問いかける。ニコラスはごくあっさりと頷いた。

「表に出ると面倒だからの」

 アルフレッドが残した遺書は計三通。一通は伯父である己宛て、ほかの二通は家族と彼の所属する部隊に宛てて書かれたものだ。
 国家反逆罪に問われた男が弟妹や部下を思う篤実な騎士であってはならない。まして救国の希望たる印刷商レイモンド・オルブライトと親しい間柄だったと裏付ける証拠を外部に持ち出せるわけがなかった。
 遺書とは名ばかり。ただ囚人の心を整理し、注意を逸らすためだけのもの。
 わかっている。わかっているのに飲み込んだ息が詰まって胸が痛い。

「早めに忘れよ。おぬしにはまだこの国のために働いてもらわねばならん」

 乾いた声で諭しつつニコラスが亜麻紙の束を掴む。老賢人は熱と光を赤々と放つ小さな暖炉を振り返った。
 やめてくれと叫ぶ間もない。一通、また一通と手紙は火にくべられていく。
 中身を読ませてくれたのはせめてもの情けだったのだろう。そんな配慮でもなかったら己はここに立っていることもできなかったかもしれない。
 炎は舐める。真新しい燃料を。
 認められた言葉はすべて灰に変わる。
 あの子の側にはずっとモモがついていた。伝わった想いもきっとあるだろう。そう言い聞かせても燃える手紙を眺めているのはつらかった。あの子の歩んできた道が、人と関わった痕跡が、葬り去られてしまうようで。
 実際それはその通りだったに違いない。少なくともニコラスは公的な記録に残る以外、アルフレッドの交友関係をなかったことにしようとしていた。

「女帝は去って、厄介な客人もコリフォ島に旅立った。アクアレイアもこれでいくらか平穏になるじゃろう」

 ニコラスの言に皆が頷く。無言のまま、舞い散る灰を見つめながら。まるで雷雲を見送りでもするかのように。
 だが本当に災いは去ってくれたのだろうか?
 罪なき生贄を捧げただけで、本当に。

「もしレイモンド・オルブライトに遺書のことを尋ねられたら『紛失した』と答えるように」

 最後の手紙を老賢人が火に委ねる。防衛隊に──こんなことになる前に何か諍(いさか)いをしたらしい幼馴染に──悪かったと詫びの述べられた一通を。

 音もなく炎はすべてを灰にする。
 そうして静かに燃え続ける。













(20210104)