プロローグ






「君たちは少々、約束というものを軽んじているのではないのかね?」

 侮蔑の滲んだ恐ろしい声が壇上から浴びせられる。
 薄暗い広間に集められたツレットたち勇者候補は、麗しの賢者を見上げて身震いした。
 冷たい水色の双眸に慈悲の光が宿ることはなく、見逃す気など更々ないのが見て取れる。
 これからもっと殺すつもりなのだ。館に閉じ込めた百人を最後の一人に減らすまで。王の求める勇者が誰か決まるまで。

「魔王を倒すためならば我が身に何があろうと構わない。そう決めて契約に同意したのは他ならぬ君たちだろう? 今更逃れる道などありはしないよ。生き残りたければ戦うしかない。まだ諦めがつかないようだが」

 くつくつと賢者は笑う。一人だけ楽しそうに。
 蠱毒という呪いの名前はまだ知らなかった。だがこの賢者が、百人に共喰いさせてより強い勇者を作ろうとしていることは理解できた。
 もう半数、罠にかかって無残な死を遂げた後だったから。

「誓いとは、それ以外の全てを犠牲にする覚悟を持つことだ。約束とは、決して破れぬ法を己に刻むことだ。君たちは勇者を目指すと誓約したのだ。故に選定者たる私の定めたルールに縛られる。……だがこの館を出さえすれば、例外なく英雄になれると保障しよう」

 悪魔じみた囁きにきつく唇を噛み目を凝らす。闇の中、人影の向こうで立ち尽くす妹は蒼白になって震えていた。
 なんて酷いところにティーフェを連れて来てしまったのだろう。いくら気が強くとも、片割れはまだほんの十五歳の女の子なのに。なんとかして、なんとかして自分が守ってやらないと――。
 賢者が杖を振り翳す。
 ゲームの続行が宣告される。
 何もできないままツレットは手の中の弓を握り締めた。

「さあ、我々百人で最強の勇者を生み出そうじゃないか」







(20140428)